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Goose with Booze 独立宣言

In CONGRESS, July 4, 2017. もったいないトークが2017年4月15日に開設されてからはや2ヶ月半の時が過ぎた。ゴールデンウィークにおける怒涛の新記事配信黄金期をもってこのブログの更新は完全に停滞し、先月のページビューはわずか30余りであった。我々の奮闘にも拘らず、事態は好転しない。この現状に鑑み、ここに同志諸君に対し、新たに提案したい。三人がそれぞれのブログを持つことを。 よって今後、Goose with Boozeは https://pokapatribune.blogspot.jp/ にて活動する。 ということなのであるんであるんである。

ブログ存続危機、そして分離独立の可能性

いよいよ自分の汗が臭いことに気が付いて急いでボディースプレーを買いにいくこの季節、いかがお過ごしでしょうか。 さて、ゴールデンウィーク中はここぞとばかりに記事を書きまくり、載せまくり、更新合戦の様相を呈しておりました。それはまさにこのブログの黄金時代であったと言えるのではないでしょうか。 しかし、長い休みは終わりを告げ、予想通り、ブログの更新は停滞致しました。 どうしよう。 私はこれはブログ存続の危機であると認識しております。 しかし問題はそれだけではありません。 このブログにはそもそも、読者があまりついていない。 これを改善するためには、実際に自分のことを知っている人たち、つまりは自分の書く記事に興味を抱くであろう人々にブログを告知していく必要があると考えられます。 と、なりますと、いづれ各々が分離独立したブログを持つにいたるのではないでしょうか。自分の名を冠した、自分の記事の読者向けのブログを。 その時は、ちゃんと威風堂々たる独立宣言を書くと、格式があっていいですね。

ザッツトーク4

最近は快晴が続いて非常に気持ちがいい。 高校時代、吹奏楽部に所属していた私はあまりがっつりとした筋トレはできなかった。 しかし、大学に入り、ラグビーをやることになった私にとって筋トレは欠かせない。そこで、大学のジムにちょくちょく行くようになった。ちゃんとしたマシーンがあるところで筋トレができるのはとても楽しい。しかし、ちゃんとマシーンを使うようになって気づいたのだが、アメフトをやっていた中学時代と比べて一部の筋肉は衰えてしまった。中学3年生の時に上げていた重量が上がらないのだ!これはかなりショックだったが、まあいいだろう。昔の自分を超えるチャンスが巡ってきたのだ。 もっと強くなれるさ。

ザッツトーク3

睡眠 8時間 勉強 10時間 筋トレ 1時間 食事 2時間 プログラミング 1時間 友達との会話 3時間 ラグビー 2時間 一人の時間 1時間 合計 28時間 24時間では少し足りない。 実際平日は、 睡眠 5時間 勉強 13時間 食事 2時間 運動 2時間 友達との会話 2時間 こんなもんだ。 休日は、 睡眠 8時間 勉強 8時間 食事 3時間  ラグビー仲間 5時間 結構楽しい生活をさせてもらっている。 これからやりたいこともたくさん増えることだろう。 時間がない、は言い訳にはならない。「時間」自体はあるからだ。あとは上手くスケジュールを立てるだけだ。とりあえず今は自然に囲まれた露天風呂に浸りたい。

誤訳に気を付けよう

「K-19」という映画を観た。米ソ冷戦下で原子炉事故を起こしたソ連海軍原子力潜水艦の実話に脚色を加えたフィクション映画である。 なかなか面白い映画であった。実際の事故についても調べてみようと思いWikipediaを開いた。 私は英語を学び始めてからだいたい10年くらいになるが、未だにやはり、母語である日本語の文の方が断然読みやすい。ささっと読みたかったので日本語版のウィキペディアで「K-19」の記事を読むと、あまり説明がない。 仕方がないので英語版で開くとだいぶ詳しく載っている。というわけで読み進めてみると、日本語版と異なる記述があった。 「K-19」英語版ウィキペディア  において"  A diesel submarine,  S-270 , picked up  K-19 's low-power distress transmissions and joined up with it."(ディーゼル潜水艦S270がK-19による低出力の遭難信号を受信し、それと合流した。)となっている箇所が 「K-19」日本語版ウィキペディア においては「 K-19は友軍のディーゼル潜水艦によって、低下した伝動装置の音を捕捉され、同艦とのランデブーが可能となり、乗員が収容され、母港に曳航された。」となっている。 問題なのは" low-power distress transmissions"という部分と「低下した伝動装置の音」の部分である。どちらが間違っているのだろうか。 その部分を 「K-19」ドイツ語版ウィキペディア でみてみると"   Die Notrufe von K-19 "と書かれており、つまりは英語版と同じく友軍のディーゼル潜水艦が受け取ったのは救難信号であるという。では、日本語版における「低下した伝動装置の音」という記述は何なのか。 恐らくそれは誤訳であると思われる。"low-power distress transmission"(低出力の救難信号)というのを「低下した伝動装置の音」と訳してしまったのだろう。transmissionには伝動装置という意味もあるので、そこを間違えたのだろう。 実際、翻訳というものは難しい。 ちょっとした勘違いで...

カッコイイ先輩

新学年も落ち着いてきた中、新しいくバイトを始めようと思う。現在は海外に住んでいた経験を活かして英会話の家庭教師をしている。自分の能力が高いとは言わないが高い英語能力が求められる仕事だけあって時給が良く、講師として教えることが純粋に楽しい。生徒の成長を実感できるからこそ仕事のやりがいを感じる。 しかし問題なのが稼ぎが少ないことだ。稼ぎは生徒の数とレッスン数に依存してるため、自分の様に生徒が少ないとそれほど稼ぐことが出来ない。僕は本来、お金を使う様な趣味や贅沢はしないため、平均の大学生よりお金を消費してないと思う。使うとしたら食費と部費ぐらいかな なぜお金を使わないのに問題なのかというと、サークルで後輩ができたからだ。個人的にはふざけてると思うが、日本文化では先輩が後輩を奢る。アメリカでは以前話した様に尊敬語が存在しないため、先輩後輩の関係が薄い。よって、「先輩が後輩を奢るべき」と言った考えが存在しない。それに比べ、日本の大学など先輩後輩の関係で構成されている様な組織だ。現に自分も1年の時は何度も先輩に缶ジュースや食事を奢って貰った記憶が山ほどある。それと以外に奢って貰った人と回数は覚えているものだ。ケチな先輩と思われたくないと思考してる、どうでもいいプライドが俺に奢れと言ってる。

欠陥

なにかが欠けている。 おそらく誰しもが感じたことがあるだろう。実際、私は今とてつもなく何かしらが欠陥している気がする。 今欲しいものは自分でもわかっている。強靭な筋肉だ。見た目だけではなく、性能も半端ない筋肉だ。 これは自分の頑張り次第でいくらでも手に入る。 だがたとえ今、その強靭な肉体があっても私は満足しない気がする。 では何があったら満たされるのだろう。お金がいくらあっても、誰に愛されようとも満たされないだろう。 今あるものに感謝し、満足できるようになったほうがいい、という意見もありそうだが、その考えに向上心はないのではないか。人はいつもなにかを求めているから成長するのではないか。 もしかしたら、課題からの現実逃避として心が勝手になにか他のことをやらせようとしているのか。 確かに最初のほうは課題の量の多さの刺激が強すぎて退屈はしなかった。今はその課題の量のなれてしまって逆にマンネリ化している。しかしこれ以上増えるとさすがに温厚な私もライオットを起こすだろう。課題からの逃げという説は有力ではあるが、勉強が好きな私にとってはそんな生ぬるい言い訳は通用しない。 私は刺激を求めているのか?いや、ここの大学は日本だけではなく世界中からいろいろな人が集まっているので刺激に困ることはない。 だとすると私が欲しているものは癒しなのか。確かに一日一日が濃すぎてあまりリラックスする暇がない。時間は金なり、という言葉があるが私は時間のほうが価値があると思う。時間でお金をつくることはできてもお金で時間を「買う」ことはできないからだ。この大学に来てつくづくそう思う。 結論が出たかもしれない。私が今欠けていると思っているものは休暇なのだ。

独り暮らしの感想

大学進学に伴い独り暮らしを始めてからかれこれ1年と2カ月ほどが経った。 さて、いきなりだが独り暮らしで一番辛いものは自炊でも洗濯でも掃除でもなく、孤独である。 家事は慣れればどうっていうことない。一人分の食事や洗濯物、ワンルームアパートの掃除など何れも簡単である。 問題は孤独である。都会の生活は孤独である。休日なんか誰とも一言も交わさずに過ごすのである。 米国の刑務所で懲罰のひとつに独房に入れられるというものがあるそうだ。独房というのは精神衛生上非常に宜しくないらしく、受刑者は精神的に不安定になり、更正しないどころか態度が更に悪化するらしい。そうなるとまた独房に入れられることになる。踏んだり蹴ったりである。 つまるところ独り暮らしはつまらないということがわかった。しかし、かといって寮生活は未だに経験したことがないのでどんなものかわからない。 私は今秋からドイツの大学へ留学する。そこでは寮生活になるだろう。 楽しいに違いない。しかしもしルームメイトがとんでもない人であったらどうしよう。部屋でタバコなんかすわれたひにゃかなわない。 いずれにせよ独り暮らしは人生で一回ぐらいはやってみると良いかもしれない。これはこれで良い経験になる。

去年の今頃の恐怖体験

 ええ、あれは今でもしっかり覚えています。確か去年の今頃のことでした。 当時私は2月に独り暮らしを始めたばかりでした。住み始めた頃はまだ寒い季節でしたので、玄関のすぐ横にある扉の内側の収納に入れておいても全く問題なかったのです。それどころか、そこに入れることによって只でさえあまり広くない部屋ですから、スペース確保に大いに役立っていたのです。 しかし春になると温かくなりました。その日もゴミを捨てようとその扉を開いたのです。すると嫌な臭いが微かに漂ってきました。でもそれは昨日食べた納豆のパックのものであると納得してそのまま何も考えずに、ゴミが詰まったレジ袋の口をきつく結び、同じようなレジ袋で一杯になりつつある45リットルの大きなポリ袋に放り込んでさっさと扉を閉めました。 それから一週間ほど経った頃でしょうか。小さな黒い虫が部屋の中を飛んでいました。 当時私は独り暮らしを始めたばかりで、ありとあらゆるものに寛大な心持ちを抱いていました。というのも、全く新しい場所へ引っ越して来て独りぼっちになったので、今まで自分がどれだけ多くの人に囲まれて支えられていかに幸せであったかを初めて強く実感したからです。という訳で、その小さな虫に対してさえ、こんな部屋に来てもエサも何もないのに可哀想に、という感慨さえ持っていたのです。なので私はその哀れなる虫をそっとしておきました。 すると数日後、おかしなことが起こりました。黒い小さな虫の数が増えているのです。ざっと見ただけでも5、6匹はいました。 次の日起きてみると今度は何と10匹以上が部屋の中を飛んでいました。これは何かおかしいと思いインターネットで小さな黒い虫について調べてみたのです。するとなんとそれはハエの一種でありました。私はそれまでこんなに小さなハエがいるとは知りませんでした。それから私はそのハエが生ゴミなどをエサとすることを知り、台所の排水溝を掃除して、ゴミを片付けることにしました。 ゴミを捨てようと例の扉を開けたとき悪寒が走りました。前にも増して強烈な悪臭が襲ってきたのです。急いでゴミをポリ袋に入れて口を縛ろうとしたその時、今まで感じたことのないようなヒヤリとした感触が手のひら側の親指の付け根にありました。手を翻して見てみるとそこに細長い米粒のようなものが付いていました。よく目を凝らすとうねうねと動いています。それはウジ虫...

大学とアルコールについての問題~最初の飲酒は親とするべきだ

春は新歓、つまり新入生歓迎の季節である。大学のサークルはこぞってビラを配ったり、SNSで広報活動を行ったりして新入生の獲得に勤しむ。そんな新歓に付き物なのが新歓飲み会である。 勿論、新入生の大半は未成年である。なので法律上では飲酒は禁止ということになっているが、それは守られていない。疑うならば新歓期の高田馬場にある居酒屋に行ってみればよい。未成年飲酒のオンパレードである。 さらに、早稲田大学では新入生に入学手続き書類と一緒にアルコール耐性パッチテストが配られる。新入生の大半は未成年で、酒を飲めるようになるまであと1,2年はあるのにも関わらずである。これは大学側も未成年飲酒の存在を認知しているからに他ならない。 さらに、メールなどで未成年飲酒は禁止であると送ってくるが、本気で禁止するならば高田馬場周辺の酒場に学生への年齢確認を求めるなどすれば良い。しかし、それをしないのはつまり未成年飲酒を黙認しているからではないだろうか。 そしてやはり日本のどこかで新歓期にアルコールに殺される新入生がいる。 多くの学生にとって初めて酒を飲むのが新歓であろう。新歓で同じ学生である同級生や先輩と一緒に飲むのだ。これが非常に危険であると思う。 先輩とはいうが、一番年配のものでもせいぜい3,4歳違いの同世代の学生だ。責任能力も危機管理能力もやはり学生のものである。しかも同世代であるので新入生に対する監督責任を求めたところで無理な話だ。そんな中で初めて酒を飲むのだからたまったものではない。誰にも新入生の身の安全を確保できない。新入生自身が自分で自分を守るしかない。しかしそれも難しい。 というのも、念願の大学に合格し入学してサークルに入ろうというのだから気分は浮かれている。そんな中でアルコールをいれるのだから感覚はますますマヒするだろう。ブレーキをかけることもできずに手遅れとなり、さらにそれに気づくこともなく死んでしまう。 この問題を解決するには、飲酒の年齢制限を下げて、初めての酒を自身の親と飲む習慣をつけるのが良いと思う。親と一緒ならば学生同士で飲むより断然安全である。親から直接、節度のある酒のたしなみ方を教わるのである。 政府はこの現実から乖離している法律を早急に見直し、飲酒による事故を防ぐために尽力すべきだ。

ザッツトーク2

車が欲しい。 私が通っている大学は自然しかない、俗世間からは隔離されている場所にある。バスは出ているが本数は少ない。自由に動ける「足」がないと色々と不便なのだ。 まず、車を運転するには2つの条件がある。 1.免許を持っていること。 2.車を持っていること。 免許の件に関しては今回はスルーしよう。 問題は車だ。車検やら維持費やらなんやで車は高い。 なるべく親に負担はかけたくないので、買うとしたらすべて自分のマニーでだ(それが普通かもしれないが)。では、どうやってマニーを準備するのか。そう、アプリ開発だ。アプリを開発してそのマニーで車を買えばいいのだ。 私が今独学で頑張っているプログラミング言語は(もうすでにお伝えしたが)Pythonだ。これはサイエンス系のフィールドに優れているらしい。実際、NASAも使っているくらいだ。ただしPythonはアプリ開発に完璧に適しているわけだはないらしい。 新しい言語をやるにしても二つの選択肢がある。アンドロイド用かApple用かだ。アンドロイドでアプリを配信するのは無料だが、たしかAppleは年間1万くらいかかった気がする。でもAppleユーザーのほうが多いので成功するチャンスは高い。なので今のところApple向けのアプリを作ろうと思う。となると、Objective-Cという言語をやることになる。でも新しいことをやる前に今やっていることを終わらせなくては。やることがたくさんだ。 とりあえずおおまかな目標は決まっているのであとはそれに向かって進むだけだ。 将来が楽しみだ。

【業務連絡】ラベル記載方法について

同志諸君、このブログもいよいよ頻繁に更新されるようになり、運営が軌道に乗ってきた。 さて、この度はブログ記事のラベルの記載方法についての説明を行うので精読されたい。 我々のブログには二種類のラベルがある。 「番号無しラベル」 1つ目は各々が勝手につくる、番号無しのハッシュタグ方式ラベルである。これは記事の中のキーワードをラベルにしたものである。例えば今現在「ラグビー、筋肉、男のロマン」「生焼け」「電化製品」「宇宙人」等多数ある。これらのラベルは今後も増えてゆくことと思われる。自由にどんどん付けて欲しい。 「番号有りラベル」 2つ目は番号有りの分類方式ラベルである。例えば今現在「[01] 学生生活」「[02] ブログ運営」「[03] 業務連絡」等がある。これらのラベルは専ら記事を分類し、検索しやすくする為に整理するものである。もし、同じラベルの記事を今後とも十記事以上書いていく可能性があるならばそのラベルは分類方式ラベルにして付けて欲しい。分類方式ラベルのフォーマットは以下に記す。 {番号有りラベルのフォーマット} 先頭から[]で囲まれた任意の番号、半角スペース、ラベル本体 例:[01] 学生生活 「投稿者ラベル」 自分の書いた記事には自分のコードネームを番号有りラベルにして付けて欲しい。その際どれでも好きな番号を自分のラベルに選んでね。 例えば私は「[05] Goose with Booze」である。[]の後の半角スペースを忘れないこと。ちなみにもうご存知かもしれないが「すべての投稿」画面で記事タイトル横のボックスにチェックを入れて上のラベルボタンをクリックすると複数の記事に一括で同一のラベルを入れられるので利用しよう。 では同志諸君、このブログをこれからも大いに盛り上げよう。

履修登録とボクシング

私の通っている大学では2年1学期の科目履修上限は20単位となっている。しかし、科目登録について学部側から、GPAの低下を避ける為に、あまり科目を登録しすぎないで欲しいというお願いが全員にメールにて送られた。GPAの低下は将来の留学、奨学金、進学に影響を及ぼすから云々...

青春、はじめました。

ゴールデンウイークは課題だけだ、と思っていたが、ラグビー部の先輩にいろいろと誘ってもらえた。 ついこの前はお好み焼きを食べたり花火を観に行ったりし、明日はBBQをしに行く。もちろん遊ぶだけではなく練習も真面目にやっている。すごくメリハリのある部活でとても良い。 大学生になってみんなが心配していることはアルハラ(アルコールハラスメント)だと思う。実際、やばいサークルの話は聞くがラグビー部は健全だ。20まで飲まないと伝えると嫌な顔ひとつされず、むしろ理解してくれる。それに二次会はお酒飲まない人用の部屋を準備してくれるほどだ。 大体マシーンが揃っているジム(かなり小さいが)に行き体を鍛え、仲間とガンガンぶつかり合い、太陽の下で爽やかな汗をかき、昼にシャワーを浴び、山のような課題を黙々とこなしていく。 たまに友達と夜中まで話し込み、さっさと風呂に入り、歯をみがき、ベッドに入り、その日あった面白い出来事を思い返して、目を閉じる。 今の楽しさを三ヶ月前の自分に教えてあげたい。 思い出が詰まった昨日が私を見送っている。 忙しいが充実した明日が私を待っている。 今日は今日の自分が鏡に映る。 久しぶりに笑っている自分が映っている。

Bloggerラベルの使用方法についての提案

このブログが利用しているブログサービス「Blogger」にはラベル機能がついている。投稿画面でラベルと書いてあるところに語句を入力するとそれがラベルになる。 私は今までこのラベルはツイッターで言うところのハッシュタグにあたるものであろうと思っていた。なのでその記事のキーワードをラベルにしていた。 しかしよくよく考えてみるとこのままだとただただラベルが増えてゆく。 例えば今のところこのブログの記事には「Dark Smile Inc., ラグビー、筋肉、男のロマン, 宇宙人、宇宙、授業、学校、理系、惑星, 事業計画, 鶏肉, 自炊, 宝探し、大学生活、大学、サークル、電化製品、サークル、上下関係」等のラベルが存在する。各々が自由気ままにラベルを勝手に付けていった結果、このようになった。 ここでラベルの存在意義について考察したい。ラベルはそもそもなぜつけるのか。 それは記事を分類分けすることによって我々筆者、そして読者がある特定の種類の事柄について書かれた記事を探せるようにするためである。 以上を鑑みるに、このブログも体系的なラベル運用の導入が必要であると思われる。 例えば「01学生生活」「02ブログ運営」などのように。 先頭に番号を振ってあるのは、デフォルトの設定ではあいうえお順になるので、任意の順番で表示するためである。 これが実現すれば、このブログはより一層使いやすいものになるだろう。 しかし、このまま自由気ままなラベルを付けるのも味があって面白い。それに、これからラベルの分類を整理していくのも面倒である。なのでやはり、自由なラベルと体系的なラベルの併用が一番であると思われる。そうすれば自由な気風を残しつつも実用性を兼ね備えたラベルシステムが実現するだろう。 P.S. 同志諸君、ラベルを入力する際は半角コマで区切ろう。全角コマで区切ろうとすると繋がってしまう。例を挙げると「ラグビー」「筋肉」「男のロマン」は全角コマで区切られているために「ラグビー、筋肉、男のロマン」と一つの繋がったラベルになってしまっている。

美女と野獣の筋肉

つい先日、私はディズニー映画の「美女と野獣」を観た。 簡単にストーリーを説明すると、町一番の美女は町一番の変わり者でもあり、野獣に軟禁されたにもかかわらずその野獣を愛する、という現代社会においてはいろいろとアウトな話である。 野獣にチャンスがあるのならば私にもチャンスがあるのでは?実際、私は今ひげを生やしているので外見はほぼビーストなのだ。 だがしかし、このストーリーが伝えたいことは「人は見た目ではない」ということだ。 では内面はどうだろう?18という歳にして私ほどやさしい男はなかなか見つからないと思う。だが女子に言わせてみれば、みんなにやさしい男子より自分にだけやさしい男子、だそうだ。つまりお姫様あつかいしてほしいということだ。 そもそも野獣の本性は王子様なので、お姫様あつかいどころか本物のお姫様になれるチャンスがあったわけだ。そこに美女は魅かれたのではないか? 結論、女性はやさしい王子様がタイプということだ。 私は王子様ではないので、せめて筋肉だけでも野獣に近づけようと思う。

初後輩

この間、新入生が内のサークルに入ってくれたのだが、大学2年生にして人生で初めて後輩ができたのが何だか不思議な気分だ。自分に対して敬語が使われると、まだ驚きを隠せずにニヤと笑みを浮かべてしまう。 自分は中学と高校を丸々アメリカのケンタッキー州で過ごし、現地の学校に通学していたのだが、あっちの文化には上下関係などほぼ存在していない。そもそも敬語が英語の中に存在してない。中学では競泳、高校ではクロスカントリー (路面を走らないマラソン)に励み、もちろん下級生も山の数ほど在籍していた。クロスカントリーはそこそこ速かったから下級生からは尊敬されていたと思うが、決して敬われることは無かった。 4歳年下のチームメイトに「お前を次のレース完封なきまでにぶっ飛ばす」とか、2歳年下が喧嘩をふっかけてくるなど日本では到底あり得ない話である。しかし、この光景は西洋社会では決して珍しい事ではない。 俺は上下関係がない文化を否定してる訳ではない。逆に上下関係が無いおかげで親密な関係によりなりやすいと自分は考えている。今のサークルに院生の先輩が何人か在籍してるが、馴染めるまでにかなりの時間を要した。年が離れているのもあるが、大学の上下関係など院生が神で1年生が下部の様な関係だ。しかし、アメリカではコーチとすら仲のいい関係を比較的に築きやすいと言える。だが日本の年上を敬う文化も決して嫌いではない。何故なら、敬うことは相手に礼を尽くす事であり、非常に礼儀正しい行為であると思う。礼儀があるからこそ日本文化は世界一美しい文化とも言われている。

何を着るべきか映画に学ぶ

高校の時はファッションに困らなかった。ただただ制服を着ていけばよかったのである。しかし大学に入ると着るものについて考えなくてはならなくなった。 ことに、日本の洋服の種類は豊富だ。女性服に限らず男性服までも膨大な種類の服がある。アメリカ、ケンタッキー州においては服、ことさら男性服に於いては極めてシンプルであったから、余り選択肢がなかった。しかし日本に来てみると様々の服を着た人々が街を闊歩している。ファッションウェブサイトをみると、様々のものを重ね着して何だか変な恰好をした男がお洒落な人として紹介されている。大学でもそんな人が歩いている。そんな日本的ファッションをして周りと合わせるべきかと思ったが、どうも自分に合わない。 では、何を指針として着るものを選べば良いのか。 その問題に対して私が導き出した答えは映画である。 最近では1950年代のアメリカの映画をみて、そこに出てくる自分と同年齢くらいの若者が着ているような服を私は着ている。例えばジェームズディーンが"Rebel Without a Cause"で着ているようなジーンズに白Tシャツ、そしてジャケットのような非常にシンプルな恰好をしている。勿論全てをそのままコピーするのではなくて現代版に改修している。例えば、現在のジーンズは当時のものよりも股下が浅くなっているし、当時はTシャツの裾はジーンズにしまっていたが今では出しておくのが良い。 このようにして1950年代ファッションの現代版改修復刻ファッションをするのが最近の私のファッションである。映画から学ぶという手法を是非参考にして欲しい。

ザッツトーク1

ゴールデンウイークだ。今頃ほかの大学のフレッシュマンたちはウェイウェイしているのだろう。だが私は課題でガッチガチにされている。課題だけならまだしも、プレゼンテーションもあるのだ。しかも三つ。 1:00前に寝れたのは本当に久しぶりだ。 決してダラダラしているわけではない。普段はふざけているキャラだが、本当はかなり真面目な人間なのだ。 授業が始まって約三週間が経ったが、このタイミングで休みがきて本当によかった。あと少しでも長かったら何が起こっていたことやら。 さて、このゴールデンウィーク、なにをしよう。 なんか 「自然!!」 と思えるような何かに出会いたい。滝とか川とか、水がかかわっている自然に浸りたい。 あとはプログラミングにもう少し時間を投資したい。 もうお気づきの方もいると思うが、私の名前の import はpython という言語でモジュールを呼ぶときに使う命令文だ。 やっと休みに入ったので、これからもばんばん もったいないトーク に投稿していこうと思う。

一人称問題(僕俺問題)

日本語には一人称が豊富である。私、僕、俺、拙者、吾輩、小生、自分、余、などなど沢山ある。とは言っても現代において使われるのはほんの一部であって、それら以外は普段の生活で使うと違和感がある。というわけで今の私に与えられた選択肢は私、僕、俺の三つである。 さて、いままでずっと私の一人称は普段の生活においては「僕」で、公の場や畏まった場所では「私」であった。 これで今まで問題なかったが、大学二年生になってふと考えてみるに、身の回りで一人称に「僕」を用いている人は少ない。ほとんどの人が「俺」を使っていて、「僕」を使っているのは如何にも学者肌な教授くらいのものだ。 「僕」はなんだか少し幼稚な響きがある。そろそろ「俺」を用いるべきかもしれない。しかし「俺」は「俺」でなんだか攻撃的かつ頭が悪そうなイメージがある。それに「俺」を使うと違和感がある。 中学の頃を思い出す。 我が家はパパママ派の家で、小さいころから両親のことはパパ、ママ、と呼んでいた。しかしこのまま母の事をママと呼んでいてはマザコンの嫌疑がかけられると考えた私と弟は共同で両親の呼称をお父さんお母さんに改めた。最初は非常に強い違和感があったが、ずっと続けていくうちにそれは消え今ではお父さんお母さんですっかり馴染んだ。 というわけで今後は従来の「私」「僕」に加えて「俺」を使い分けながら生活してみようと思う。どの一人称を用いるかでイメージがだいぶ異なるのでこれは非常に重要な問題である。なかなか面倒である。しかしそのような言語なのだから致し方ない。とは言ってもやはり難しいものである。

趣味ゴミ漁り

知る人と知る穴場を私は知っている。 それはズバリ、大学の粗大ゴミの捨場である。 理工学部の建物の裏手に存在する粗大ゴミ置き場、理系の研究室で使われている電化製品や家具などが捨てられている。しかし、捨てられているゴミなのだから壊れているのだろうと普通は思うだろう。しかし、そのほとんどが機能する電化製品なのである。最近大学の研究費不足などを耳に挟むが、それは一部の生徒数が少ない大学だけにあって、ほとんどの大学は生徒たちから巻き上げてお金を優雅に使い回しているのが現状である。研究室が捨てる電化製品は壊れたから捨てられるのではなく、ちょっと古くなった物を新品と買い替える為捨てられている。 これを知っている私とサークルのメンバーでゴミ漁りが始まった。 週5で捨場をチェックし、使えそうな物は全て部室に持って帰る事を繰り返して3ヶ月、下記の物が拾われた。 クッションソファー、電子レンジ、冷蔵庫、ポット、ティファール、スピーカー3台、パソコン3台、モニター5台 部室改造計画は今も進行中

このブログのタイトルについての考察

この度はもったいないトークにお越しいただきありがとうございます。 今回はこのブログのタイトル「もったいないトーク」の意味について考察したいと思います。 初回の記事での説明の通りこのブログはかつてDark Smile Inc.という総合エンターテイメント会社を創業した三人のクリエイターによって立ち上げられました。そのうちの一人、import muscle氏によってこのタイトルは考案されました。 さて、その意味ですがまず「トーク」という言葉は様々の意味を有しておりますがこの場合「話」という意味であると思われます。それに「もったいない」を足して、つまるところ「もったいない話」という意味になります。 では、何がもったいないのか。 我々は日々、いろいろなことを考えながら生活しております。多くの場合その考え事は誰とも共有されることなく忘れ去られてしまいます。しかし中には、そうするにはもったいないほどの価値を有するものも存在します。そんな、「誰にも話さずに忘れるにはもったいない話」を記録し、世間と共有するためのブログがこの「もったいないトーク」なのであろうと私は思います。

地球外生物

楽単だと聞いて受けた天文学入門、授業が朝の9:15分から始まることから「眠いな〜」や「授業行きたくないな〜」と普段のようにイヤイヤ学校に行き机に座った。 これがびっくり!! 授業が退屈ではなかった、逆に関心を引くものであった。理解できない理系の授業ばっかり受けていると、関心もクソもない。大学を卒業するためしょうがなく授業に出席して単位うを貰うことしか考えない。だからこそ、もっと授業を受けたいと思うような授業は少ない。 そんな授業の内容を少し紹介したい。 最近のニュースでも取り上げられた、土星の衛星エンケラドスの氷に覆われた海から水素原子の検出の偉大さを教授が語ってくれた。 まず地球にしか水が存在しないというのは世間の大きな勘違いであり、既にいくつもの惑星や衛星でその存在を確認されている。それと、水だけあっても生命は誕生しない。しかし、今回発見された水素は一種の微生物にとってエネルギー源として利用出来ることから、氷の下に存在する液体の海に生命が存在する可能性を示すそうだ。今現在、地球外生物が最も存在する可能性が高いのはこのエンケラドスだと、あのNASAでさえ公も言している。 そこで思いついたのが、宇宙人の定義が何であるかだ。そもそも人間は地球にしか存在しないのだから人を付けたこと自体間違っていると思う。どんなに人間に姿が似ていたとしても、生物学的に違う生きものである以上、それを人と定義するのが不合理である。 では、宇宙人とは地球外生物のことなのか? だとしたら、近い将来土星の衛星で確認されるかもしれない微生物は宇宙人なのか? 考えるだけで何だか興奮してきた。

出会いへの別れみち

私はまた人生の分岐点に立っている... ...「大学生になったら腹筋を割る」という男のロマンを抱いていた私はラグビーサークルに入ることにした。 さて、本題はここからだ。 先日、いつも通り練習に行き、ラグビーの基本的なルールなどを実際に身体を動かしながら学んでいると、先輩がありきたりな質問をしてきた。 「体重、何キロ?」 「92kgです。」 こう応えると人は驚愕する。私はどこからどう見ても92kgには見えないのだ。人に私の体重を当てさせると、大体70~75kgと言う。答えを伝えると「え!マジ?!見えな~い!」と言われるのが一連の流れだ。しかし、今回は違った。 「ええ!いいな~ うらやましい。」 うらやましい...だと...?体重を言ってうらやましいだなんて生まれて初めて言われた。 彼があまり驚かず、うらやましがった理由は二つある。 私がアメフトをやっていたということを知っていたから。 ラグビーにおいて質量はキーエレメントだから。 アメフトをやっていると、いやでも筋肉がつく。 筋肉は脂肪より若干重く、そして小さい。まあつまり私はアメフト現役時代に築き上げたガッチガチな体幹、強靭な下半身、Tシャツがめちゃくちゃ似合う胸板、そしてかなり発達した僧帽筋(ソウボウキン、首から肩にかけての筋肉)があるからこそ見た目以上に重くなるのだ。 ここで最初の男のロマンを思い出してほしい。 私の体脂肪率は大体16%、重さに換算すると約15kgだ。腹筋を割るには(正確には埋もれている腹筋を掘り出すには。ちなみに結構有名な話なので皆知っていると思うが、腹筋は元々割れているものである。)個人の筋肉量によって異なるが、体脂肪を8~10%あたりまで絞らなくてはならないらしい。 となると脂肪の重さを15kgから9kgまで、つまり6kgの減量だ。だがしかし体重は固定しなくてはならないので筋肉を6kg分増やすことになる。この難しさがわからない人は「ライル・マクドナルドモデル」と調べてみてほしい。簡単に、自分なりにまとめると、一年間しっかり栄養バランスと筋トレをしてもつけられる筋肉量には限度があるということだ。言い訳にはならないが、学業が本業である学生にとってこれは至難の業だ。それに自分で言うのは恐縮だが、私が通っている大学は課題の多さでも有名だ。...

レシピ英訳事業計画

知的財産権というものがある。その中に著作権というものがある。人の著作物を勝手にパクったりするとその人の著作権を害することになるので、いけない。 さてさて、 このウェブ記事 によると料理レシピには著作権がないらしい。なので多くの人が本やウェブサイトで見つけたレシピを自分のブログなどに載せているらしい。お咎めなしで。 ビジネスの匂いがする。 例えば我々が日の本の様々の料理レシピを英訳しブログであまねく天下に宣布せしめれば、世界中の菜食主義者や和食愛好家が大いに利するに相違ない。 そして我々にも広告料がざっくざく。電子書籍も発行すれば印税もざっくざく。そのうちYouTubeでも料理チャンネルをやって、やはりざっくざく。 素晴らしい。

時間という名の錯覚

大学生になってからまだ二週間ほどしか経っていないが、もう二ヵ月ほど経っているような気分である。 この記事を書き始めてからまだ一分ほどしか経っていないが、もう一時間ほど経っているような調子である。 高校を卒業してからもう一ヵ月ほど経ったが、まだ一日しか経っていないような所存である。 課題を始めてからもう四時間ほど経ったが... ん?こんな「時間」に私は一体何をしているのだ。 そうだ、私は時間稼ぎをしているのだ。 自分の時間を使って明日提出の課題に取り組み、休憩として貴重な時間を浪費しながら記事を書き、自分の首を絞めているのに「時間稼ぎ」だなんておかしな話だ。 時間そのものに価値はない。ただし、価値がない時間はない。 さあ、これくらい時間を「稼げ」ば、時間に価値を持たせられなかった自分の愚かさに気が付くだろう。 そろそろ課題に戻ることとしよう。

網棚の恐ろしさ

電車の中の網棚を誰もが一度は使用したことがあるはずだ。普段は重い荷物を置くため棚となって非常に便利でありがたいものだ。しかし油断をしていると隠しナイフのような恐ろしさを感じさせることがある。丁度先週、この恐ろしさを身をもって体験した。 大学に入ってから三度目となる電車の網棚の上で置き忘れをしてしまった。過去に置き忘れを二度したことがあることから普段は荷物が多くても網棚には載せないように心掛けていた。しかし、あの日に限って寝袋という大きな荷物を抱えていたこと、45分の長距離移動をすることに加えて、最近忘れ物をしてないという甘い油断が重なって事故が起きてしまた。ちなみに寝袋は学校の徹夜を快適にするために家から持ち出した物だ。 電車を降りて駅の階段を登り終えて、ふと気がついた。しかし時は既に遅し、駆け戻ったがドワが自分を拒むかのように閉まる。絶望する(泣)。すぐに駅員さんに言い、二駅先の駅で確認してもらった。そして、さらなる絶望(泣泣)。乗っていた車両番号を誤解していたせいで見つからず、時間もセッパ詰まっていたことからその場は諦める。後ほど終着駅で確認された。 最寄りの駅から往復五時間。悲しすぎて笑うしかできなかった 二度あることは三度あるとはまさにこのことだ。信じられるだろうか、四度網棚を利用して三度忘れる。自分のマヌケさにはうんざりだ。もう二度とあんな所に荷物なんか置くもんかと、やっと気がつく自分でした。

鶏肉のソテー、一部生焼け

本日の夜ご飯は鶏肉のソテーをつくりました。まず皮の方を下にしてカリッカリに焼きました。その後ひっくり返してじっくりと焼き上げました。 一つ食べてみる。美味しい。二つ目を食べてみる。これも美味しい。そのまま順調に三つ四つ食べて五つ目にかぶりついた頃でしょうか。カリッとした皮の下にむにゅっとした食感がありました。 出して見てみると、少しピンクっぽい白。それは捨てました。しかし、それはほんの一部でした。というのも、残りの大部分を既に飲み込んだあとであったからです。 つまり、半生の鶏肉を食した可能性が極めて高いのです。 食中毒の予防的応急措置としてわさびを摂取することも考えましたが、牛乳を飲むだけにとどめました。 やはり、お腹が空いたからといって料理中にせっかちになってはいけないですね。

祝!もったいないトーク開設

 さてさてついに我々のブログが完成した。2014年に惜しくも勝手に自主倒産した複合型エンターテイメント会社ダークスマイル社の創設者である三人が手掛けるこのブログ。その名はいずれ世界に知れ渡り、人々を魅了してやまないであろう。まずは手始めにブックマークユーザー10人を目指そう。